平成東京図会 第15回

万世橋から神田川に沿っての御茶ノ水方面に歩いてゆく。昌平坂を聖橋の方に登って行くと右手に湯島聖堂の屋根が見えてくる。「昌平坂学問所」という門を入って、「孔子銅像」の前を通り、「入徳門」「杏壇門」をくぐると「大成殿」の中庭に入る。眼前に全体が黒一色のような雄大な建物の姿が聳えている。日本では珍しい不思議な魅力を持った殿堂である。
薄暗い「大成殿」の中に入ってゆく。装飾の殆どない殿堂内には、中央に「孔子像」を始め孟子など四賢人が並んで祀られていて、その前には拝礼に用いる数々の儀礼器が飾られている。孔子像に拝礼して、静かな殿堂から中庭に出ると光線が強く眩しく感じる。
この湯島聖堂の歴史は、江戸時代から徳川幕府と深い繋がりを持って、共生して来たように受けとめられる。
最初は上野忍ヶ岡の「林羅山」邸に在った「孔子像」の御堂を、五代将軍綱吉の時に、現在の地に移したが、当時の殿堂は華やかな色彩の殿堂であったらしい。
十一代将軍家斉になって、隣接地に「昌平坂学問所」を設立して、爾来、大名や旗本、側近武士の子弟らに学問を教える場所として大いに役立っていた。
明治時代に入っても、指導者が率先して「学問所」に入門して人間性を高めている。
この湯島聖堂と昌平坂学問所は、江戸時代以来しばしば災害に遭い、その都度再建されているが、現在の湯島聖堂は昭和33年に建てられたものである。
(絵と文 池 八十次)
